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キムタク デビュー

蜷川監督をオジサン呼ばわりした17歳のキムタクやんちゃ時代

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2016年5月12日、演出家の蜷川幸雄さんが永眠されました。蜷川さんはキムタクにとって、芸の世界で生きていく礎を築いてくれたかけがえのない存在の方、と以前から公言していたほど大切に想っていた人です。

そんな深い存在の蜷川さんの訃報に対し、「自分が今あるのも、当時右も左も分からなった自分に“人から拍手してもらえる厳しさと素晴らしさ”を教えていただけたからだと思います。」とこれまでにも伝えていた感謝の言葉を、今またさらに気持ちを込め個人への言葉として述べていました。17歳の初舞台から交流は続いていた模様で、「少し前に“俺がポシャる前にもう一度一緒にやろうぜ!”って言ってもらったことが、今頭から離れません」と最近も会っていたことを示唆し、叶わなかった悔しさを口にしていたそうです。

キムタクは以前からたびたび自身のラジオ番組で、蜷川さんの舞台の稽古についての話をすることがありました。そのほとんどは、稽古がいかに過酷で厳しいかです。キムタクは悔しくて泣いていたといいます。

「What's up SMAP 」でリスナーさんから”泣くときはありますか?”という質問に応え、

「初舞台の蜷川さんの演出の時はもちろん毎日稽古場で終わるたんびに泣いてたのは覚えてるけど。便所だね、やっぱり便所。終わった後の便所。しかもねぇ、仮設トイレみたいな感じだから、もう、まる聞こえなの、外には。すすっちゃうぐらいで。

「ヒヒ~ヒ~ッ」ってこう、泣いてさぁ、よく・・「ウッウッ・・・」ってなっちゃう時とかあるじゃん、ちっちゃい時とか。で~、そうなっちゃうような声なんか全然まる聞こえのような・・トイレだったんだけど、そこでね、泣いた思い出。出し切っちゃったのかなぁ、一番最初に。

それ以来はやっぱ、泣きたいとか思っても『泣く前にやったるわ!』っていう風に思うようになったかな、仕事場では。」

と話していました。まだデビュー前のことですが、たびたび話しているので相当、かなり心に残っている出来事なのでしょう。

17歳の若さで後頭部が白髪になるほど、蜷川氏に徹底的に鍛えられたキムタク、蜷川氏がラジオで語ったところによるとある日こんなことがあったそうです。

「木村拓哉はね、真夜中に僕、六本木の交差点を一人で渡ってたんですよ。そしたらさ『みっともねぇぞ、そこのオジサン!』って(笑)。ふと見たら木村くんが手を振って『夜中、男が一人で歩くんじゃねえよ!』って怒鳴って、悔しい思いをしました。」

そんあことがあったんですか?と後に「What's up SMAP」でリスナーさんに突っ込まれたキムタクは、「そういう(辛い)時間を過ごした後に、六本木の交差点で蜷川さん見付けたから、多分言ったんじゃないですかね(笑)コノヤローと思って。あはははははは!」と嬉しそうに笑い飛ばしていました。

2015年の放送での発言でしたが、25年近くお付き合いを続け、信頼している間柄だからこそ笑いにできる話なんだな~と思いました。このときのキムタクには蜷川さんへの愛がいっぱいでしたね。

そう思うと、今回のお別れは相当つらかったんじゃないかと思います・・・

 

 

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